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社会を変化させる社会心理論・組織心理論の考察記

行政職員の筆者による、社会を変化させるような社会心理論、組織心理論がいかなるものか、その考察内容を綴ったブログです。

有給休暇が取りづらいのは、日本人の対応圧力の強さが原因じゃないか

 日本人の対応圧力の強さ-この言葉からは、どのような内容を想像できるだろうか。日本人の精神に巣食う重大なものとして、対応圧力について今回は述べてみたいと思う。

 この対応圧力というのは、「相手の対応を求めて圧力をかけること」をイメージした言葉である。そして日本人は、どうにもこの対応圧力を強く持ち過ぎるように感じる。日本人論は荷が重いのだが、この話では避けては通れないので、批判を恐れず書いていきたい。

 

 前に、やりがいのない仕事をする人を奴隷のように扱う心理について述べたが、この心理には対応圧力の強さも含まれているのだと思う。

 つまり、客側の対応圧力が強く、それに応えようとするからこそ、店は24時間開けられるんじゃないかとか、荷物は遠方でも明日までに届けられるんじゃないかとか、そういう発想が生まれるのだ。そして、やりがいのない仕事をする人への奴隷視によって、その発想を具現化させようとするわけである。

 

 そしてこの対応圧力、会社組織においても大きなテーマとして絡んでくる。そう、有給休暇の取りづらさである。

 担当者が休暇を取っている際に仕事相手から連絡が来ると、担当者が不在の旨を伝えることになる。しかしその仕事相手が、「対応できないのかよ」「対応してもらわないと困る」などと対応圧力を強く示してくると、「担当者は不在です」と言いにくくなる。自分が休暇を取ると、部署の上司や同僚へそうした言いにくさを背負わせることになるわけで、それが忍びないからこそ、有給休暇が取りづらくなるのである。

 

 もちろん、多量の仕事を課したいから有給休暇を取らせている暇がない、そんなブラックな組織もあるのだろう。また、いびりや妬みの気持ちが渦巻くことで有給休暇が取りにくくなっている、そんな組織もあるのかもしれない。しかし、これらは単純な構図であり、おそらく一般的な要因になるものではないだろう。

 

 「多量の仕事があるわけではないが、外からの対応圧力を考えると休みづらい。」この構図が生じることが、有給休暇の取りづらさの一般的な要因なのだと思う。仕事相手の対応圧力の強さに応えようとするからこそ、自身としても有給休暇が取りづらいし、組織としても有給休暇を取られると困るなどと考えるのだろう。日本人が対応圧力を強く持とうとするから日本では有給休暇が取りにくいのだ、そう言って構わないのではないかと個人的には思っている。

 

 あまり想定できないかもしれないが、自分の会社内で全てが完結するような仕事があれば、そうした仕事については外からの対応圧力はかからない。そうした仕事のみを行っているような人であれば、有給休暇も取りやすいものだろう。

 ただ現実的には、社会においての組織として成り立つためには、外の組織とのやり取りは不可欠である。なので、やはり外からの対応圧力への態度というものは考えておかないといけない。そもそも、同じ会社内であっても部や課などが異なれば、そこのやり取りでも外からの対応圧力と言えるものがあるわけで、やはり対応圧力のない状況というのはほぼありえないのだ。

 

 有給休暇の問題、サービス業への過剰負担の問題に表れているように、やはり日本人の対応圧力の強さには、抜本的な見直しが必要なのだろう。ひとえに、対応圧力を弱めるような考え方を国民として持つべきなのだ。

 自分が対応圧力を強く持っていると、回り回って自分の元に帰ってくる。そうしていると皆で皆の首を絞めることになる。精神論だが、おそらくそういうことなのだと思う。

 

 このような精神面の改善が必要なのであるが、有給休暇の問題に限っては、制度を設けることで強制的に臨む考えもある。最近では、各企業へ従業員の年5日以上の有給休暇取得を義務付ける、という政府案の話が上がっている。

 もちろん制度を設けても、穴を探して逃れようとするブラックな組織はある。しかし制度を設けることでそれに従う組織も少なからずあるわけで、こうしたきっかけで対応圧力の精神を少しずつ切り崩していくことが有効なのだと思う。

 

 有給休暇の取りづらさについては、一回の記述では全てを語り切れないのだが、今回は「対応圧力」の考えがベースになるだろうということを提示させていただいた。他にも考察がまとまるたび、追って述べていきたいと思う。