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社会を変化させる社会心理論・組織心理論の考察記

行政職員の筆者による、社会を変化させるような社会心理論、組織心理論がいかなるものか、その考察内容を綴ったブログです。

なんで一般の組織は、ヒヤリハットの検証をまともにしないんだろうか

 以前に、組織におけるマニュアルの重要性、整備の仕方について書いているが、今回は、医療現場での仕組みにも触れて述べてみたい。

 

 ヒヤリハット-この言葉はなかなか有名なものである。重大事故の起きる周辺には、軽度の事故とニアミスが数多く存在していたはずというものである。医療現場では、重大事故を起こすことが患者の生死に直結するため、「重大事故は起きなかった、ああよかった。」と安直にやり過ごすのはあり得ないわけだ。重大事故が起きなかったとしても、その事例をヒヤリハットの検証に回して原因を分析するという、2重3重の事故防止措置が取られるのだ。重大事故が起きてから初めて検証を行う、こんな愚かで役所的なことはしない。

 

 個人的に思うのだが、一般の組織におけるマニュアルも、こうした緊張感でもって作成されてもよいのではないだろうか。

 一般の組織においては、業務の期限や納期に間に合わせるのに危ない思いをしたということがあっても、およそ「なんとか間に合った。ああよかった。」でそのまま片付けられてしまうことが多くないだろうか。危ない思いをしたのだから、明らかにヒヤリハットの検証をすべきなのである。検証をしてマニュアルにも記載して、後任の担当者へ語り継げるようにすべきなのだ。

 しかし自分の身の回りでは、こうした体制が取られているのを見たことがない。やはりマニュアルを軽視する姿勢によるものなのだろうな、とつくづく思わされる。

 

 ヒヤリハットの検証、マニュアルへの記載が行われていないと、後任の担当者がいつか重大事故を引き起こしてしまうだろう。そうしたときには冷たいもので、およそ重大事故に巻き込まれた担当者個人の責任にされる。貧乏くじを引いてご愁傷様、で片付けられてしまうのだ。

 

 これは不条理な話だともつくづく思う。歴代の担当者によって、ヒヤリハットの検証、マニュアルへの記載が適切に行われていれば、その担当者が重大事故を起こすことはなかったかもしれないのだ。体制を整備しなかった組織の責任という面は大いにあるだろう。組織の責任か個人の責任か、というのは社会における難しい命題だが、とりわけマニュアルの整備が関わってくる問題は、明らかに組織の責任が問われるべきだろう。

 

 一般の組織では仕事上のミスで人が亡くなるというのがないため、緊張感に欠けるのはあるかもしれない。それでも、重大なミスに巻き込まれた担当者が個人の責任のみを負わされ、社会的な立場や金銭の面で危機に晒されるという恐れはあるだろう。そうした事態についても避けていけるよう、努力していくべき課題ではないだろうか。

 

リスクアセスメントに活かす ヒヤリ・ハット事例集

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