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社会を変化させる社会心理論・組織心理論の考察記

行政職員の筆者による、社会を変化させるような社会心理論、組織心理論がいかなるものか、その考察内容を綴ったブログです。

平たく解説・公務員心理 「念のため」その5

 [今回の心理場面]
 役人A:あの部署もこの部署も関係しそうだから、決裁を回しておこう。後で文句を言われないように…。

 

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 続けて、「過剰な信憑性」を追求する心理の具体的な弊害を見ていきたいと思います。

 

4.決裁の過剰
 作成した資料に係る確からしさを突き詰めるにあたっては、組織における仕組みとして、組織における各役職、各部署の確認を受けるという、決裁の制度が設けられています。しかしここにおいても、過剰な信憑性を追求する心理がよく入り込んでしまいます。

 

 決裁を取るというのは、組織の中である意思決定を行う前に、その内容を文書にして様々な人からの確認を受けることで、その確からしさを検証していくというプロセスです。この意味で、決裁は信憑性を得るための行為の一種であると言えると思います。

 

 しかし行政組織においては、ここへ過剰な信憑性を追求する心理が働くことで、過剰な決裁を行ってしまうことがあるのではないでしょうか?
 なんでもかんでも決裁を行ってしまうと、構成員は一挙手一投足を監視されるような意識に囚われ、息苦しさを覚えてしまうことになりますよね。

 

 さらには、決裁での決裁者の数が過剰になりやすい、ということも大きな問題となります。ここでは、「感情的な責任意識」も働くことで、あまり関連のない他部署からであっても「うちは聞いていない」と言われるのを恐れてしまうわけですね。
 そうしていると、少しでも関連のある部署には全て決裁を回そうという、非常に効率の悪いことが行われてしまいます。

  これはよく言われる「根回し」の心理を指していますが、行政組織において、少しでも関連する部署全ての了解を取ろうとするのは、過剰な根回しと言えるでしょう。

 

 決裁者が過剰にいることは、調整を行う手間を増大させたり、業務のスピード感を奪ってしまうので、適切であるはずのないものです。

 

 さらに言えば、決裁者の数が過剰であることで、その資料中にある期限までに決裁が間に合わず、事後決裁になるということも起こり得るわけです。
 過剰な信憑性の追求や感情的な責任意識によって、事後決裁が常態化しているとなると、それはもちろん望ましいものでないですね。

 
 次回は、「過剰な信憑性」を追求する心理の限界を示す例について述べていきます。

 

「俺は聞いてない!」と怒りだす人たち (朝日新書)

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