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社会を変化させる社会心理論・組織心理論の考察記

行政職員の筆者による、社会を変化させるような社会心理論、組織心理論がいかなるものか、その考察内容を綴ったブログです。

マタニティマークについて

最近のニュースにも上がったこの話題について、マタニティマークをつけることが特別視を求めているようで不愉快などの議論が巻き起こっている。

マークを不愉快と思う人は、ご老人である、怪我をしているという状況を始め、お腹が大きいという状況が見た目にもわかれば、わざわざマークをつける必要などはないと考えているようであり、妊娠初期で見た目に表れていない時期に関して、「お腹が大きくない=負担はない」と考える式が成り立っているのだと思われる。

ただ実際はそんなことはないようで、妊娠初期であってもつわりや貧血で負担が大きいとのことで、その時期にある人への配慮もしようよということでその時期にあることを示すマークをつける考えが登場したのだと。

であればマタニティマークをつけること自体は何ら間違ったものではないように思えるが、しかしこのマークについて、主に電車内での扱いの難しさが議論となっている。 8月1日の記事にも書いているが、電車等の優先座席は、あくまで先に座っている人に座る権利を譲るかどうかの選択権があるわけなのに、マークをつけた状態で優先座席の前に立たれると、どうにも「座る権利をよこせ」と圧力をかけているように捉えられるのが避けられないのかと…。 しかし優先座席に座らせてもらうには優先座席の前に立つ必要があるわけで、ご老人である、怪我をしている、お腹が大きいなど、負担が見た目に明らかな人が前に立っていれば、譲る側もわだかまりなく譲れるはずなのだが、マークをつけているという本当に負担があるのか見えにくい状態の人へは、「本当につらいの?」と思ってしまい、圧力をかけられているように感じる気持ちが前に出て、譲ることにわだかまりが生じてしまうのかと。

となると、マークをつけた状態で優先座席の前に立つのは、より他者の権利を奪おうとしているように映ってしまうので避けるべき、ということになり、マークをつけるのはあくまで他者の権利を奪うように映る構図でなく、他者の善意を引きつけるような構図となるように妊婦側が意識するのが最善であると考えられる。

ただ本来は、妊娠初期の負担が目に見えにくい状態でも負担が大きいことへの社会的な理解が生まれて、マークをつけて優先座席の前に立たれても、権利を奪われるなどの被害意識を持たずに即座に配慮して、わだかまりなく席を譲るという流れが生じるのが理想ではある…。

今回の話はマークの意義に社会の理解がついていっておらず、社会の理解が進んでから制度を導入するか、制度を導入して社会の理解を促すか、という難しさを感じさせられる話である。

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