社会を変化させる社会心理論・組織心理論の考察記

行政職員の筆者による、社会を変化させるような社会心理論、組織心理論がいかなるものか、その考察内容を綴ったブログです。

子育ての障壁となる安易な転勤

 自身の親世代などを見てきたところでは、仕事をする上で転勤というものは不可欠であり、ごく自然なものであるとして語られてきた気がする。しかし、女性も仕事に就くことが多くなった時代の流れや、自身が子育てをする中での感覚として、転勤を当然に捉えることには違和感を覚えてきている。このことについて述べてみたい。

 

 転勤はそもそも、「社員の成長のためには、各地の勤務場所を経験することが大事…」という感覚で実践されてきたのだと思う。

 しかし、このネットワークが整備された時代には、転勤までしなくとも得られるはずの意義のために、大げさにも転勤という仕組みが取られてきたのだとも思う。

 もちろん、会社の幹部候補の人であれば、現地にしばらく居てこそ得られるものを吸収していく必要はあるだろう。だから各地への転勤が必要だというのはわかる。しかし言い換えれば、幹部候補の人でなければ、わざわざ転勤まで大がかりに行わせる必要はないのではないか、と思わずにはいられない。

 幹部候補ではない人であれば、安易な転勤は行わずに家庭を顧みたほうがよいし、小さな子供のいる人であればなおさら、その倍以上は家庭に寄り添うべきだ。しかし転勤への安直な概念は、そんな小さな子供のいる人、あるいはこれから子供を作ろうとする新婚の夫婦であったり、そんな人でさえ転勤の対象にする。

 

 奥さんは専業主婦で転勤についていけなくはない、子供の学校を変えることも容易である、そんな人であれば転勤は問題なく可能であって、安易な転勤の概念はこうした家族状況を前提としてきたわけである。

 しかし、ここで子供の学校を変えることが心情面含め容易ではない、という条件が加われば単身赴任が必要となり、奥さんは1人での家事育児を迫られる。子供がまだ小さければ、その負担はさらに増大する。

 さらに、これが近年の重要な変化になるのだが、奥さんが仕事をしている(続けている)という状況がしばし想定される。そうなれば無条件に単身赴任が決定する。奥さんは仕事をしながら1人で家事育児をこなす必要が出てくる。これで子供が小さければ、奥さんにとってはどんな過酷な日々になってしまうのだろうか。

 (近くの親に手伝ってもらえばよい、なんて話も簡単に出てきそうだが、最近は「孫疲れ」なんて言葉も挙がってきたことを思えば、こんな発想は安直に行えそうもない。)

 

 さらに自分が問題だと思うのは、新婚の夫婦に対して、奥さんが仕事をしているにも関わらず、夫への転勤命令が安易に下ることだ。

 新婚でこれから家族計画を立てていこうというところに、夫が単身赴任を迫られるとなれば、その計画はたちまち難航してしまうのは明らかだ。奥さんの出産適齢期とうまく調整できず、子供の数の希望が叶えられなくなるというのは十分ありうる話だろう。

 女性も仕事に就くことの多い時代に、こんなことを続けていれば少子化になるのは目に見えている。

 

 専業主婦の奥さんであれば、子供が小さくても1人で家事育児をこなすことは、一歩譲って仕方ないと考えることはできる。(それでも厳しいとは思うが)

 ただ少なくとも、奥さんが仕事をしている上で、子供が小さいかあるいは新婚で家族計画を立てている、そんな夫に対しては、転勤をさせるのは厳に慎むべきだろう。

 転勤に明確な根拠を見い出せるわけでもなく、上記のような状況にある男性にまで転勤をさせるというのは、もはや狂気の沙汰とさえ思えるのである。