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社会を変化させる社会心理論・組織心理論の考察記

行政職員の筆者による、社会を変化させるような社会心理論、組織心理論がいかなるものか、その考察内容を綴ったブログです。

高圧による自滅

 タイトルの言葉は、高圧的な態度を取っているといつかはしっぺ返しが来るという、いたってシンプルだが普段よく見られる心理を表している。この言葉を実感させられる場面として、以下の2つを挙げてみたい。

 

 まず、仕事と育児を両立する女性に対して、育児をすることになると仕事は諦めないといけない、諦めるべきだ、という考えが高圧的に取られることがある。そういうことを言われていると、女性としては、なら子供を作るのを止めておきます、という考えにもつながるだろう。そうした考えが支持されてしまうと、出生率が低く抑え込まれるのは自明の話となる。

 ここで、昔の女性はそうじゃなかった、現代の女性はわがままだ、という話を持ち出すのもナンセンスである。女性は家庭にこもっておればよい、という考え方がいつの時代も通じた普遍的なものでないのは明らかだろう。

 また、仕事と育児の両立を容認するとしても、旦那は育児を手伝わないぞという心理を持つことも高圧さの典型である。こうした考えで妻に育児を押し付けてばかりでいると、熟年離婚という事態を招く恐れがある。やはり自滅である。

 

 前にも書いた、沖縄基地にかかる沖縄への軽視もこの理屈につながるだろう。自国の領土であるにも関わらず離島や辺境地への軽視を続けていると、いつかは国家からの離反を決断されて他国へ編入され、その結果自国の領土が縮小するという致命的な事態を招く…なんてことも起こり得るんじゃないかと。

 「どうせ離反するような度胸はない、軽視を続けてしまえ」なんて見くびりや思い上がりを持つことはやはり危険だと思う。

 

 もちろん、高圧的な態度を取り続けることの危険性は、局面のところでは認識されているようにも感じる。新国立競技場の建設が白紙に戻ったのも、さすがに民意の反発が危険水域に入ってきたからだと思う。現代の日本では、独裁が行われたり、合わせて民意もおかしな方向へ振れてしまうようなことがないのは、安心できる点だろう。

 とはいっても、時代環境の変化でいつ価値観が逆行してしまうかはわからない。そこへ備えて、「高圧による自滅」この理屈だけは常に頭に入れておきたい。 

 

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