社会を変化させる社会心理論・組織心理論の考察記

行政職員の筆者による、社会を変化させるような社会心理論、組織心理論がいかなるものか、その考察内容を綴ったブログです。

キラキラワードを聞くと、その裏側の事情ばかりを想像してしまう

 理想を追求して現実を放棄する、そんな心理について以前に書いている。タイトルの言葉は何のことかわからないかもしれないが、この理屈が大いに現れているものとして実感できる。そんな話を述べていきたい。

 

 まず、キラキラネームというのは聞いたことのある言葉だろう。子供の名に用いる漢字へ本来にない読みを充てていて、読めなくなっている名前というのが一般的な解釈となる。

 ただ、なぜそんな読めない読みを充てようとするのかというと、一般的な読みでは表せないようなかっこいい響きにしたいとか、おそらくはそんな理想が現れたものなのだろう。そして名前に理想が追求されすぎていると、本人の資質が名前からは分不相応となる、いわゆる「名前負け」が起きる。

 名前が読まれない苦しみに加え、名前負けの苦しみも味わうことになるわけだ。理想を追求することで、現実の面でこのような二重苦を与えることになるわけで、およそ罪深いものである。

 

 そして、キラキラネームの後者の性質になぞらえて考えられた言葉が、「キラキラワード」というものだ。近年、各種宣伝において、やたら響きばかりが先行する、射幸心をあおるようなキャッチフレーズが多いな、とは思っていた。そこへ、こうしたフレーズが「キラキラワード」と名付けられているのを見て、言い得て妙だと感じたものだ。

 

 例を個別に取り上げるのもあれなのだが、大学、マンションなどの宣伝において、「世界」とかそういう言葉が簡単に出てくる。大学の一学生、マンションの一住民が、そうそう「世界」と関係できることはないと思うのだが…。こうした響きが先行するフレーズは、まずキラキラワードと言ってよいだろう。

 

 ただこのキラキラワード、その言葉の由来は、キラキラネームでの理想の過ぎる名付けによる名前負けから来ている。となると、そうしたフレーズの使われた商品は「響きのよいフレーズで飾り立てられているが、実態は伴わない」ということになってしまう。

 実際、先ほどの「世界」という例で挙げたように、実態が伴うことはまずないだろう。キャッチフレーズの響きなどどこ吹く風という普通の大学、普通のマンションがその大半なわけである。下手をすると、普通以下の何か欠陥のあるようなものかもしれないと邪推もしてしまう。

 

 こんなキラキラワードを用いるのではなく、実際の機能や特徴を簡潔に説明する形で宣伝すればいいのではと思うが、なぜキラキラワードという概念が登場するようになったのだろうか。

 大学であれば大学が増えすぎたことによる差別化、少子化による入学者減の食い止め、マンションであれば技術の頭打ちに伴う宣伝材料の減少、などの意識が短絡的に現れたものといったところだろうか。

 

 いずれにしても、キラキラワードを聞かされるとその裏にある実態のなさを邪推してしまうばかりなので、個人的にはこうした概念はなくなったほうがいいと思うところである。

 

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