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社会を変化させる社会心理論・組織心理論の考察記

行政職員の筆者による、社会を変化させるような社会心理論、組織心理論がいかなるものか、その考察内容を綴ったブログです。

ぐだぐだな会議とおさらばするために必要なこと

 日本の組織での会議は、とにかく効率が悪いと言われる。はっきり言うと、ぐだぐだになりやすいのだ。また、若手などが会議に念のためで呼ばれることも多く、その割にほとんど発言の場を与えられないために、無駄な時間を過ごすということもよくあるだろう。これらのことについて、なんとなくであるが個人的に考えている理想論を述べたいと思う。

 

 人と議論をしている中で、2つの相反する大きな立場があることに気付くというのはよくあることだ。またその2つが相反するものであるため、真っ向から議論を続けると終着点が見えなくなる。こうした状況において明快な解決に向かわせる心構えとなるのが、厳密な解決案を探そうとするのではなく、組織の意思に委ねるということだろう。すなわちそれは、トップが決断する、多数決で決める、といったものになる。

 

 しかし会議においては、似たような役職、立場の人間が集まっていることも多く、決断を下せる人間がいなかったりする。その場合は2つの立場をめぐって、延々と議論が続けられてしまうことになり、会議の参加者はうんざりすることも多いだろう。

 もはや議論の内容よりも、相手をいかに打ち負かすかといった感情論に頭が向いているんじゃないかと、呆れさせられることもある。

 

 また、日本の組織においては年功序列、属人思考の意識が強いため、若手が意見を言おうにもまともに聞いてもらえないことが多い。そうなると若手としては上司達がぐだぐだな議論を続けるのを眺めているしかなく、こんな無駄な時間がなければ他の仕事ができたのに…と嘆くこともしばしばだろう。

 

 以上の決断ができない事態、若手が発言できない事態を解決するには、やはり多数決で決めることを意識するのが望ましいのではないだろうか。また多数決を取るにあたっては、議論におけるリーダーを明確に指定して、論点が2つ程度に絞られたのちに、リーダーが1人1人から意見を徴する時間を明確に設ける、これが有効なのではないかと思っている。

 1人1人から意見を徴すれば若手が発言できる機会を得られるし、それにより多数決への決断にもつながるようにも考えられるのだが、いかがだろうか。ぐだぐだな会議が蔓延しているような現状を鑑みるに、このようなシンプルな案で全てが解決するとは思えないが、効率を改善することはできるものだと思っている。

 

そうか! 「会議」はこうすればよかったんだ (マイナビ新書)