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社会を変化させる社会心理論・組織心理論の考察記

行政職員の筆者による、社会を変化させるような社会心理論、組織心理論がいかなるものか、その考察内容を綴ったブログです。

攻撃的な思考停止ワードを安易に使う人は、教育者として残念だ

 前回は、「そんなの常識だろ」「甘えるな」を始めとする攻撃的な思考停止ワードなるものを、5つ紹介させて頂いた。今回は、上司と部下、新人の間でこうした言葉が使われる背景について述べていきたい。

 

 攻撃的な思考停止ワードというものは、「それを言っちゃあおしまいよ」という思考停止性を含んでおり、なおかつ攻撃的なものとなる。だからこれを言われると、部下としては反論もできずとにかく不満を溜め込むしかなくなる、というタチの悪さを帯びているのだ。この点は強調しておくべきことである。

 上司としては、こうした思考停止ワードが出そうになるときは、原則的に自分のほうが誤っているということを意識したほうがいいだろう。思考停止ワードを言ってしまうと、部下を困らせることにしかならない。

 

 もちろん、怠慢への要望、合理性のない自己判断、言い逃れや責任回避、こうした姿勢は新入社員、新人などにおいて多少見られることはあるだろう。新人などに対しては思考停止ワードを使って厳しく教え込むというのも一理ある。

 ただそれでも、思考停止ワードを使うのではなく、具体的な分析でもって問題点を指摘するほうがよいのではと思う。そんな細かい時間をかけたくない、と考えるのはよろしくない。新人の教育には時間をかけて向き合うべきだし、思考停止ワードを使って簡単に片付けようとするのは、なんだか大人として情けないような気がする。

 

 これは親の子供への教育においても同じことが言えるかもしれない。子供の教育も新人の教育と同じで、思考停止ワードを使って厳しくしつけるのは簡単である。しかしそんな親へは尊厳の気持ちを持てなくなるし、やはり具体的な分析で問題に向き合ってくれるほうが、親に対する敬意が生まれるというものだろう。

 

 上司としては、新人に対しても安易に思考停止ワードを使うのは慎むべきだし、ましてや新人でない部下に対しては、思考停止ワードを使用するのはまず誤っている。 その点を進んで意識していってもらいたいものである。