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社会を変化させる社会心理論・組織心理論の考察記

行政職員の筆者による、社会を変化させるような社会心理論、組織心理論がいかなるものか、その考察内容を綴ったブログです。

業務で生じる繁忙、閑散に対しては、非正規雇用が不可欠なのだろうか

 このタイトルも、仕事している方にはピンとくるのではないかと思う。個人的には、労働における深いテーマだと思っている。

 

 日本では4月で年度が切り替わるため、3月から4月にかけては人の採用や会計の決算などの業務が増加する。これが繁忙期である。

 しかし打ってかわって、夏から秋にかけての時期は業務が落ち着くことが多い。これが閑散期である。月ごとの中でも業務の波があったりするが、こうした波に従って業務の繁忙、閑散が生じることになる。

 

 ただ、こうした業務の繁忙、閑散に関する難しい問題が2つある。

 1つは、繁忙期は人手がいくらあっても足りないような思いに駆られるが、閑散期になればそれが嘘だったかのように業務が落ち着くことだ。

 繁忙期は人手を増やしたくなるが、それに応じて人を雇ってしまうと、閑散期に入るとたちまち余剰人員になる。しかし一度人を雇うとそうそう簡単に退職してもらうことはできない。

 こうした難題に対応するために、派遣労働などの簡単に退職してもらえる非正規雇用の概念が生まれてきたのだろうが、こうした不安定な立場を易々と作ることは、それはそれで道義的に問題がある。

 

 個人的には、繁忙期においては組織内の人員をやりくりして、繁忙さが極めて現れる部署へ応援人員をつけることができないものかと思う。繁忙期においては、課、係などの部署、所掌業務といった概念を取っ払ってしまうのだと。

 残業ができない事情があって応援人員になるのは難しい人もいるだろうが、そうでない人であれば対応可能だろう。応援の人へ臨時で仕事を教える手間が惜しいという話も、あまり説明の必要ない単純作業のみを肩代わりしてもらえばいいのではないだろうか。

 

 かなり理想が過ぎているのは承知だが、非正規雇用を易々と増やすより先に取り組んでみるべき課題だと、個人的には思っている。

 業務の繁忙、閑散における1つめの問題は以上である。

 

 もう1つは、労働基準法では繁忙、閑散に関わらず週5日、毎日8時間の労働を規定していることだ。こちらが本論になりそうなので、改まって次回で述べたい。

 

「非正規大国」日本の雇用と労働

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