社会を変化させる社会心理論・組織心理論の考察記

行政職員の筆者による、社会を変化させるような社会心理論、組織心理論がいかなるものか、その考察内容を綴ったブログです。

有給休暇を取りやすくする、組織としての心構え

 昨日の内容は、有給休暇の取得という根深い問題だったからか、数多くのはてなブックマークを頂いた。対応圧力のほかに同調圧力の存在など、様々なご意見を頂けたことを感謝申し上げたい。(ご意見に基づいた考察は追って述べたいと思います。)

 今回はひとまず、昨日に述べた内容を前提として、有給休暇取得を推進するための心構えを考えてみたい。

 

 おそらく、有給休暇の取得が進まないことに、「個人としての心構えが不足している」ということはあまりないのだろうと思っている。個人として、会社の業績へとにかく貢献したい、仕事が好きでたまらない、休みは土日祝くらいでいい、などという心構えが広く支持されていれば、有給休暇の取得は進まないことになる。そんな心構えを美徳として持ち出して、個人の側にこうした考えがあるから有給休暇が取得されない、と組織の側が言う理屈もある。

 しかしこんな考え方は、一般的に奇特なものでないだろうか。あったとしても、組織の側から強制されてそう考えていました、なんていうのが結局のところじゃないかと思っている。

 このような理屈は組織の側が勝手に作り出したものであることが多く、それに応じる個人へ責任転嫁しているだけではないのかと。

 

 おそらく誰しもが、有給休暇として休暇を取れるなら取りたいと思うに決まっている。そもそも、労働者のそうした心理が一般的に存在していなければ、有給休暇という制度自体が誕生していないんじゃなかろうか。

 だから、有給休暇が取りづらい、その原因は組織としての心構えの不足にあるとほぼ言い切っていいと思う。

 

 前置きが長くなり申し訳ないが、ここからが前回の続きになる。有給休暇を取りやすくするためには、組織として対応圧力を跳ね返す心構えが必要だと考えられるのだ。

 日本人は、とにかく簡単に対応圧力をかけようとする。この姿勢に問題があるのは明らかだが、簡単に対応圧力に応じようとすること、こちらの姿勢が問題をより深刻なものにする。

 簡単に対応圧力をかける→簡単に対応圧力に応じる→味をしめてさらに対応圧力をかける、こうしたループがあるわけだが、これを断ち切るのは、「簡単に対応圧力に応じない」こちら側の姿勢なのではないだろうか。悪いこと、あざといことをしようとする心理はいつの世にも一定数あるもので、肝心なのはこうした心理に屈しない姿勢のほうではないかと。

 

 有給休暇を取りやすくする組織の心構えとして、対応圧力に簡単に応じない姿勢については、以下具体的に述べていきたい。

 まず考えられるのは、対応圧力に対して「担当者はいない」と言い切ってしまうことである。有給休暇の円滑な取得を第一に考えるというならば、組織としてこうした割り切りをドライに持ってしまうことも必要だろう。個人的にもこんな割り切りは嫌いではない。

 

 ただこうした割り切りは刺激が強いし、担当者はいないと言い続けるのもなんだか能がないように感じてしまう。そうすると考えられるのが、担当者の業務を簡単にでも肩代わりすることだ。

 この仕組みだと休憩時間へ入っている担当者の代わりに、簡単にでも電話や来客の対応をすることが求められる。その対応は、おそらく機械的な部分に限られるとは思うのだが、その肩代わりができるだけで、ずいぶん対応の印象はよくなると思う。まさか、いつの時間も担当者レベルの詳細な対応をできるようにしろ、と求める人はほとんどいないだろう。

 

 また、肩代わりに必要なマニュアルについては、前任と後任の間で交わすような詳細版は使えない。肩代わりの気持ちで詳細版まで読み込む気にはなれないからだ。

 なので、別に簡易版を作成しておくことが求められ、これを部署内で常に共有できるようにするという枠組みが求められる。そうすると、肩代わりが必要な時に簡易版に目を通せば、機械的な部分だけでも対応できるようになる。

 

 担当者が不在の間の対応圧力に応じるにしても、機械的な部分だけでも応じるだけで、それなりの義理を果たせることになる。残りの詳細な部分の詰めは、1,2日待ってもらってもおよそ問題はないんじゃないだろうか。(スケジュールが厳しい時は別として。)

 

 組織として、対応圧力へのこうした意識整理ができているだけで、有給休暇の取りづらさは大いに解消されると思うところである。