社会を変化させる社会心理論・組織心理論の考察記

行政職員の筆者による、社会を変化させるような社会心理論、組織心理論がいかなるものか、その考察内容を綴ったブログです。

欧米では「やりがい」という考え方はあまりないんじゃないだろうか

 ここまで、やりがい搾取の理屈について書いてきた。

 書いてきて思ったのだが、「やりがい」という言葉はなんともつかみどころのないものである。

 

 日本の家庭では、「お父さんの仕事はやりがいがないよ」などと言ったら、子供が泣きそうだ。泣かないにしてもひどくがっかりするのは間違いない。親に対する威厳が失われ、そうして子供が親への威厳を持てないでいると、子育て上重大な影響が及ぶことになる。

 自分は行政組織で働いているため、やはりやりがいという面が薄いのは事実としてある。安定した給与を得るために働いているという面は強い。子供はまだ3歳にも満たないのだが、将来お父さんの仕事というものを意識するようになった際に、どのように伝えればよいか今から悩んだりもする。

 

 だが、親の仕事にやりがいはないと言ったら子供が泣きそう、そう勢いよく書いたのだが、これは欧米などではどうなのだろう?とふと思うのだ。

 欧米では、「出世して社会をけん引し、長時間労働も厭わない人」と「出世はせず地道な労働を行い、仕事後の家族との時間などを大切にする人」で二分されているという話がある。後者の地道な労働であればやりがいはないはずなのだが、親は子供にどう説明しているのだろう。

 

 もしかすると、欧米では子供も含めて仕事のやりがいという概念はそれほど意識していないのかもしれない。仕事は週5日朝から夕方までこなして、生活できる給与を稼いでいれば、それで十分立派なのだと。やりがいみたいな人生の意義に関わる部分は、仕事後や休日の時間で満たすものだと。

 

 そう考えると、日本人は「やりがい」という概念に囚われすぎていると言えるんじゃないだろうか。親の仕事にやりがいがないと聞いたら子供が泣きそうだというのは、それ自体がおかしなことなのかもしれない。仕事にやりがいがなければ親の威厳が失われる、ということも勢いよく述べたが、これも日本人の持つ強迫観念なのかもしれない。

 

 さらにやりがいという言葉については、もう1つの切り口から考えている検証があるのだが、次回で述べてみたい。