社会を変化させる社会心理論・組織心理論の考察記

行政職員の筆者による、社会を変化させるような社会心理論、組織心理論がいかなるものか、その考察内容を綴ったブログです。

やりがい搾取の仕組み(前編)

 まず最初に、脱社畜ブログの内容をはじめ日野氏の主張の屋台骨になっている、「やりがい搾取」について述べてみたいと思う。

 

 やりがい搾取については、有名アイドルグループにまつわる話を以前に書いた。ただ、この記事を書いた時点では、「やりがい搾取」という概念が提唱されていることを知らなかった。

 この概念は、脱社畜ブログに頻出しているのを見ているうち、はっきり捉えられるようになった。アイドルグループのような天職系の仕事ならばいかにも、やりがい搾取の理屈が生まれそうだなとは思っていたのだが、一般的な企業においてまでやりがい搾取の理屈が蔓延していることに、軽く戦慄を覚える。

 

 ここで、やりがい搾取の定義を整理してみる。

 脱社畜ブログや他の記事で述べられている内容からは、「労働者へやりがいと称して過重な業務や責任を課し、そのうえ賃金などで十分な報いを与えないこと」と言えそうである。

 

 まず、この定義の前半部分を見てみよう。

 ブラック企業と言えば、とにかく労働者へ過重な労働量を課すというイメージが一般的だと思う。しかし労働者が無批判に過重な労働を受け入れているのかというと、必ずしもそんなことはなさそうだ。ここには何らかのロジックがあるだろう。

 そしてここで登場するのが、「やりがい」を吹聴することである。「やりがい」という聞こえのいい言葉を吹聴することで、労働者の感覚を麻痺させ、過重な労働を引き受ける心理的抵抗を除去しているわけである。単純に労働者を騙していると言っていいだろう。

 

 さて、「やりがい搾取」の定義については、後半部分へ着目する必要もある。過重な労働を課したうえ、さらに給与を削減しようとする心理まで生じるのだが、「搾取」という言葉上、こちらのほうに主だった要素が込められていそうだ。

 長くなってきたので、次回に分けて述べたい。