社会を変化させる社会心理論・組織心理論の考察記

行政職員の筆者による、社会を変化させるような社会心理論、組織心理論がいかなるものか、その考察内容を綴ったブログです。

大阪桐蔭の裏金問題に受験時代の記憶を絡めてみる

 今後、定期的に理論を発信させて頂くことを述べたのだが、その前にこの話題について触れてみたい。

 

 昨今のニュースで、大阪桐蔭の裏金問題の進展が報じられている。先日は実質創業者の前校長が刑事告発された、という段階まで進んでいる。

 結論として思うことは、この前校長は自身の金儲け、私腹を肥やすための一手段として、学校経営というものを選んだだけなのだろうなということである。生徒の教育というものを信念に掲げる人ではなかったわけで、その人を中心に動くのだから、学校全体としてそうした空気が存在していたのではないかと。

 

 そう考える根拠として、自身の受験時代の記憶を振り返りたい。

 大阪桐蔭は、確か10年ほど前から、急激に進学実績を伸ばしている。それまでは京大の合格者が10数名ほどだったのが、急に数十名、50名近い数字を出すようになったのだ。

 もちろんこれにはカラクリがあった。進学実績を伸ばした頃と時を同じくして、京大に医学部保健学科というものが新設されたのだ。たしか京大付属の医療短大を保健学科に改組したというものだったと思う。そして新設の存在であって得体が知れなかったのか、あまり受験生が集まらず、京大にしてはえらく難易度の低い状況が生まれていた。(見てみると、現在も難易度は低いままのようです。)

 とはいっても保健学科という性質上、京大に入りたいという思いだけで安易に入学してしまうと、自身の進路を大いに制限してしまう。なので賢明な人であれば難易度が低いからといって、保健学科を受験することはしなかった。

 

 しかし…大阪桐蔭が京大の合格者数を増やした時の内訳が、確か保健学科の合格者がきわめて多いものとなっていたのである。他の学部に比べて保健学科の数だけが異様に多く、おそらくは京大への進学実績を増やすために、学校がある程度の学力の生徒へは京大保健学科を受けさせたということでほぼ間違いなかっただろう。

 受験生としても、まだ高校生という無垢さはあったにしても、保健学科という特殊なところへ進学するということがどういう意味か、少しはわかっていたと思う。それを進学実績優先で、うまい言葉で口説き落としたゆえの結果だと思われる。

 とりあえず大学へ入ってみたら、その環境に合わせて自身の進路設計が形作られる、本人もそこに違和感は覚えない、という考えもある。しかし、学校の進学実績のため保健学科へ入ったことを後悔した学生も、相当数はいただろう。

 

 自分のこのときに、こういうことをする学校なのだと感じた記憶がある。なので、時を経て今回の裏金問題が生じたときも、特に違和感を覚えなかった。

 

 まあ、このような受験にかかるロジックを振り返るまでもなく、生徒の学費で裏金を作り私腹を肥やしているのだから、その時点で生徒の教育のことを考えない風潮があったことはよくわかる。全ては前校長など、そこに関わる大人のためだったのだ。

 この本丸の部分が欠如しているのは教育機関として致命的なものであり、今後は大阪桐蔭の求心力というのは急激に低下していくだろうと思う。進学実績は急降下、下手をすると全国に名だたる高校野球の成績も低下していくかもしれない。(大阪の人間としては残念だ)

 月並みだが、前校長の派閥を一掃して教育者の資質に満ちた人を要職に就かせる、こうするほかはないのだろう。ブランドの維持は、この決断ができるかどうかにかかっている。