社会を変化させる社会心理論・組織心理論の考察記

行政職員の筆者による、社会を変化させるような社会心理論、組織心理論がいかなるものか、その考察内容を綴ったブログです。

平たく解説・公務員心理 「過剰な説明責任」その6

 [今回の心理場面]
 市民A:特別会計や補正予算など、規律が失われているような予算が存在するのはなぜだろう?

 

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  「過剰な説明責任」の追求によって、「説明責任の空白」が予算の査定と評価の関係において生じることが想像されるわけですが、これは一般会計と特別会計、補正予算といった予算の関係においても生じるものではないかと考えられます。

 

 まず、国家予算の一般会計と特別会計の関係ですが、特別会計についてはどのようなイメージを持たれているでしょうか?

 一般会計が財務省の管理が及ぶことに対し、特別会計は各省庁が自由に管理できるものなのですが、ここで各省庁が放漫な予算の使い方をしていることが指摘されています。

 「一般会計の査定と評価は詳細に行われるが、特別会計の査定と評価はまともに行われない」といった事態になっているわけですが、このことも説明責任の空白が生じているからこそ、特別会計は手つかずの状態になっているものと想像されるのです。

 一般会計への詳細な査定と評価により余力が失われ、特別会計の査定と評価を行う余力がなくなっているというわけですね。

 

 また、次は補正予算について考えます。補正予算は年度予算のうち緊急に決定されるものであるため、査定が不十分となることは避けられないものです。


 しかしその分、評価を適正に行えていれば問題はないはずですが、補正予算がバラ撒きと揶揄されていることから、評価が適正に行われているとは言えないのでしょう。

 

 やはりここでも、当初予算の一般会計を査定、評価する時点で余力を失っているため、補正予算について評価がまともに行われなくなる、という事態になっているのだと考えられるわけですね。

 

 このとおり、説明責任の空白が生じている状態では、説明責任を保てないような無責任な予算が必然的に発生することになるわけです。
 そのため、「過剰な説明責任」を追求することは、かえって行政組織全体の大きな弊害につながってしまうのではないか、ということが考えられるのです。

 
 次回は、総括としてこうした事態への改善案をまとめてみたいと思います。

 

特別会計への道案内

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