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社会を変化させる社会心理論・組織心理論の考察記

行政職員の筆者による、社会を変化させるような社会心理論、組織心理論がいかなるものか、その考察内容を綴ったブログです。

平たく解説・公務員心理 「過剰な説明責任」その2

 [今回の心理場面]
 上位機関A:配布した予算と実施する事業の間には、厳密に一対一の関係が成り立つはずだ。どれほど細かいものであっても。

 

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  上位機関が下位機関の予算の支出に対して「過剰な説明責任」を問うことは、以下のような弊害を招くことになるものと考えられます。

 

1.予算と事業への過剰な対応の追求
 説明責任を過剰に追求する考え方について、具体的に捉えてみます。
 おそらくは、ある事業のために配布した予算については、「予算Aは事業Aのためだけに使用される」といった一対一の対応が成り立つはずという意識が、その根底にあるのではないかと思われます。

 

 ただこうした考え方を突き詰めていくと、極端なようですが、予算Aで買ったボールペン1本というレベルでまで、事業Aのためだけに使用するべきという解釈が取られることも起こりうるわけです。
 ボールペン1本を事業Aのためだけに使用する、事業Bなど他の事業においてはそのボールペンを使用しないよう区別する、ということになるのですが、当然ながらこのようなことは現実的でないですよね。

 

 このような考えを突き詰めていると、予算の非常に些末な部分にまで説明責任を追求することになり、膨大な業務量が生じてしまうわけです。
 そして、予算の柔軟な執行ができなくなることで業務効率が損なわれる、という弊害が生じることは避けられないでしょう。

 

 そうした経緯の中で、ボールペンといった事務用品など、他の事業においても共用できることが明らかなものを購入するために、予算においては「間接経費」というものも配布されています。そして、その事業のためだけに使用するものを購入するための経費が「直接経費」ということになります。

 

 ただ、この間接経費の概念があるのはいいのですが、直接経費について、やはり予算と事業との一対一の対応が成り立つはず、という意識が強調されてしまうのです。
 そして、直接経費の説明責任を追求するだけでも業務量が多大なものとなってしまう、ということがゆゆしき問題となるわけです。

 
 この状況への改善案として考えられるものについて、次回は述べていきたいと思います。

 

説明責任―その理論と実務

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