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社会を変化させる社会心理論・組織心理論の考察記

行政職員の筆者による、社会を変化させるような社会心理論、組織心理論がいかなるものか、その考察内容を綴ったブログです。

平たく解説・公務員心理 「不祥事への対応」その2

 [今回の心理場面]
 役人A:不祥事は起こしたけど、組織が責任を取ってくれるだろう。それほど罰されることはなさそうだ。

 

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  行政組織では、対症療法と原因療法について、不祥事が起きた原因がほとんど個人の問題にあることが明らかな場合でも、一律に組織の問題として考えて原因療法を探ろうとすることが多いように見受けられます。

 

 しかし、組織の人間が個人的なところで不祥事を行ったとして、これを組織の問題だ、原因療法を探るべきだ、と考えてしまうのはいかがなものでしょうか? 他の個人にとっては酷な話でしょう。

 

 個人の問題を受けて原因療法を探りすぎるのは、過剰な原因療法を追求してしまうことになる、と言えそうです。そしてそのことは、組織全体へ過剰な規制が敷かれるという弊害につながるものと考えられるのです。
 それにより構成員の自由を過剰に損ね、組織の機動性を奪うこととなってしまうわけで、この状況はまさに、「羮に懲りて膾を吹く」ということわざが指すところなのでしょう。

 

 そもそも、過剰な原因療法を追求してしまうと、不正が行われたらそれに気付けなかった組織側の責任がより強調されるばかりとなり、不正を行った者が正しく糾弾されにくくなるのではないでしょうか? 不正を行った者としても、組織に責任を転嫁できる意識が生まれ、かえって不正がなくならなくなるという恐れもあるわけです。

 
 「過剰な原因療法」の追求が表れる場面としては、行政組織での裏金の話が挙げられます。この話を次回にて述べたいと思います。

 

不祥事は、誰が起こすのか (日経プレミアシリーズ)

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