社会を変化させる社会心理論・組織心理論の考察記

行政職員の筆者による、社会を変化させるような社会心理論、組織心理論がいかなるものか、その考察内容を綴ったブログです。

厚生労働省の残業禁止策について

 今日ニュース記事で上がっていた内容について。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150212-00000004-wordleaf-pol&p=1

 

 この制度は前進的。中央省庁の組織風土、日本の残業観へ風穴を開けられるかもしれません。
 連載の内容と絡む部分も多いので、取り上げたいと思います。

 

 厚生労働省は旧厚生省、旧労働省という大規模の省庁を合併させて誕生したため、とにかく業務量が多い、したがって残業も多い、ということで有名な省庁です。
 業務量の多さからか、職員の業務への感覚が歪んでいることもあるようで、「どうしようもない省庁」と揶揄されることもあるとかなんとか。

 

 記事中にもありますが、厚生労働省は労働時間行政の元締めであるので、ここが放漫にも長時間労働を慢性化させることは、日本人の残業観へも悪しき影響を与えてしまうのは必然と思います。ブラック企業なんかも助長させてしまうわけですね。

 

 ここからは、残業禁止策について具体的に。

 大きな肝は、原則20時で職員を帰らせる、ということにあります。
また記事にはありませんが、帰宅して10時間は出社させない、という点も有益なものです。

 これらの点が、以下のような残業に係るありがちな問題で、残業時間の過少申告の問題をクリアしてくれることが期待できます。

 

・本当はもっと遅くまで残業しているが申告していない
・夜に無理に残業できない分、ひっそり朝に出社して仕事している

 

 (ただ、仕事が終わらず仕事を家に持ち帰る、という事態には対応できません。これは検討していく余地ありです。)

 

 また、職員が20時で帰れていない部署の上長は、人事評価を下げるというのも良です。こうした基準をはっきり打ち出すことは、民間企業でも有効です。
 日本人の労働観には、どうしても残業していることへの過大評価を行うメンタリティが根付いているため、長く残業していることを勝手に優先してしまうというところがあります。

 なので部下の残業時間が多くなっていても、その上司の責任はなあなあで不問にされることが多く、マイナスの評価がつくことがほとんどないと。

 

 ここへ、人事評価にあたって「部下の残業時間を減らすこと」の項目を明確な基準として設けることができれば、残業時間の長さを優先することを軽減できます。

 このように、制度で残業観に蓋をすることが有効と考えられるわけです。

 

 しかし無理やり残業観に蓋をしても、そもそもの残業時間が延びる原因を抑えないことには意味がないのでは?、というのはもっともです。以下では、蓋をすることが原因を抑えることにもつながるのではないか、ということについて。

 

 これは公務員全体に言えることであり、連載においても「念のため」「自己意義の増殖」などの項で述べてきましたが、行政組織ではつまらないこと、意義のないことですぐ仕事を増やしたりします。
 これは全くもって職員個々の意識の積み重ねであるので、つまらないこと、意義のないことは止めるように、強制力でもって掛かることは有効なのではないかと。

 

 おそらく、残業観に蓋をされれば、こうした無駄な仕事をしようとする意識は潮が引くように薄らいでいくのではないかと私は思っています。

 

 また、これも記事に出ていますが、厚生労働省に限らず中央省庁では、「国会待機」の時間が非常に無駄の多いものとなっていると言われています。

 

 主な原因は、前日までに野党議員が与党への質問内容を省庁へ通告してこないので、前日22時などに通告→徹夜で与党の回答案を作成→徹夜のまま国会へ同行、という構図が自動的に組み上がるという、もはや労働者の権利を微塵も考慮しないような慣習が存在することです。
 他にも、与党の回答案を作成するにも「念のため」の意識によって、厳密さの過ぎるこだわりを持ったり、決裁者が過剰にいたりと、こうした意識も残業時間を延ばす方向にばかり働きます。

 

 こうした慣習についても、制度により残業観へ蓋をすることが有効と考えます。
 残業観へ蓋をされれば、必然的に業務量を減らす方法を考えないといけないので、質問通告は2日前までに行わせる、念のためで厳密な部分にこだわらない意識を持たせる、といったことが加速するのではないかと思うのです。

 

 長文になってしまいましたが、霞が関の省庁でついにこうした動きが出てきたことを歓迎し、個人的には大いに期待しています。