社会を変化させる社会心理論・組織心理論の考察記

行政職員の筆者による、社会を変化させるような社会心理論、組織心理論がいかなるものか、その考察内容を綴ったブログです。

原爆投下から69年

今日は原爆の日。広島に原爆が投下されてから69年。。 去年今年と、「永遠の0」の書籍、映画の大反響により、日本全体で戦争観が慈しみをもって呼び起された感がある。自分もそのうちの一人なので、永遠の0を通じて考えたことを以下記してみたい。

永遠の0では、大戦における日本の大本営の手抜かりぶりが散見されたという描写が終始行われている。そして自分の考えもこの描写に同意であり、原爆投下についても、最大の原因は大本営の姿勢にあったのではないかと思う。

以前、久間章生氏が「原爆はしょうがない」発言で大いに叩かれていたが、発言の場の問題は置いておくとして、内容は真理であるように映る。 日本には明らかに勝ち目がないことはわかっていたのに、大本営が自身のメンツ、特権階級への固執によって意地を張って降伏しようとしなかったため、原爆投下によって降伏させる必要があったと。

そして、以下は自分の仮説になると断りを入れるとして…

世界大戦は技術が進歩し、航空機が量産できるようになったという技術の結果として、世界的な戦争が行われたのではないかと考えている。 やはり人類というものは、技術を獲得すればそれを試さずにはいられないと考えてしまうものであり、航空機の量産によって戦闘の機動力が飛躍的に上昇したため、それを試さずにはいられなかったのだと。 結果、技術の進歩が結実した1900年代前半という時期に世界大戦が生じてしまい、第一次大戦より第二次大戦のほうが大規模になったと。

原爆も同様であり、このような殺戮兵器を開発してしまった限りは試したくならずにはいられない、という人類の悲しい性があり、そこに日本の大本営が意地を張って降伏しようとしないという口実が加わったことで、アメリカ側が原爆を試したくなったということなのかと。 広島と長崎でウラン型、プルトニウム型と異なる原爆が使用されたことからも、試したくなった、実験したくなった、という意図が見える。

結果的にアメリカ側が殺戮が行ったという事実は動かぬものではあるけれども、その最大の原因は、意地を張ることで原爆投下の口実を作ってしまった日本の大本営にあるのかと・・

そしてここが現代人にとっても通じるものであり、教訓にすべきと思われることとして…

このような日本の大本営が持っていたメンツ、特権階級への固執は、横暴な経営者、従業員を使い捨てにするブラック企業など、現代の日本においても見受けられるので、こうした意識が少しでも生じないよう薄めていくように努めることが、現代人が戦争から学び今後へ活かしていくべきことなのかと。

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