社会を変化させる社会心理論・組織心理論の考察記

行政職員の筆者による、社会を変化させるような社会心理論、組織心理論がいかなるものか、その考察内容を綴ったブログです。

終業時間の直前に仕事を振る人は、残業を軽く考えすぎだろう

以前に、昼休みには業務を行わないようにお互いで意識し合うべき、ということを書いた。このつながりで、終業時間の前に仕事を入れ込まないでもらいたい、という心理についても述べようと思う。 職場で人から仕事を振られる際、なんとなくの気持ちで振られる…

安易な残業の多い現代にこそ、パーキンソンの法則が身に染みる

この法則を聞いたことがあるだろうか。脱社畜ブログでも取り上げられていた話であり、自分も公務員心理の内容で取り上げたことがある。簡潔に言うと、「仕事の量はその完成のために与えられた時間を満たすように膨張する」ということだ。半世紀以上昔に提唱…

ぐだぐだな会議とおさらばするために必要なこと

日本の組織での会議は、とにかく効率が悪いと言われる。はっきり言うと、ぐだぐだになりやすいのだ。また、若手などが会議に念のためで呼ばれることも多く、その割にほとんど発言の場を与えられないために、無駄な時間を過ごすということもよくあるだろう。…

「できる人」認定を受けた人って多すぎやしないか

前回は、「できる人」の要件について個人的に考えたものを述べてみた。そして、その要件は難易度の高いものになりそうであることを提起させて頂いた。 ただ、身の回りで話を聞く限りでは、できる人というのがやたら安易に作り出されているような気がするもの…

「できる人」の要件を個人的に考えてみた

社会人の会話で、人について話をするときは「できる人」という表現が何かと出てくる。およそ、一会社、一部署ごとに数名以上の職員は、「できる人」の認定を受けているものだろう。そして、「できる人」は「出世する人」、そう読み換えてもいいものだと思う…

スポーツの事例から見て取れる、暗黙知の中から形式知を整備する概念

前回に続いて業務におけるマニュアルの話になるが、今回はより観念的に述べられるものとして、考察を進めてみたい。 暗黙知と形式知という概念がある。暗黙知は言葉で表すことのない、表すことのできない知識のことである。そして形式知が言葉に表せる知識の…

なんで一般の組織は、ヒヤリハットの検証をまともにしないんだろうか

以前に、組織におけるマニュアルの重要性、整備の仕方について書いているが、今回は、医療現場での仕組みにも触れて述べてみたい。 ヒヤリハット-この言葉はなかなか有名なものである。重大事故の起きる周辺には、軽度の事故とニアミスが数多く存在していた…

資料のミスをここぞとばかりに叱責する、残念な人たち

これは仕事上の話だが、組織における決裁では上長への段階的なチェックが行われていくことになる。 文章の形式など実務的な部分については、幹部層がおよそチェックを入れるところではないのだけども、自分の1段上の上司あたりであれば、ここのチェックを行…

育児で親の協力を頼むのは意外に簡単じゃない、だから旦那が頑張ろう

女性が社会進出するとなると、その分家事育児を行う時間が狭まることになる。女性だけで仕事をしながら家事育児をこなすことも無理ではないのだろうが、旦那が協力せずに妻に押し付けてばかりだと、後々まで深い恨みが残りそうな気がする。そんな旦那とは子…

育児参加する男性が人事的な不利益を被るのって、なんとかならないか

近年は、女性の社会進出、女性の登用というものが叫ばれている。女性というだけで家事育児の重荷を負わされ、社会に進出しにくくなっているというのは、生まれながらの身分制のような話なのでやはり改善すべきものだろう。 ただ、自身の経験も含めて考えると…

「読まれないマニュアル」にならないために必要なこと

前回は、前任者の責任感の欠如などによって分量不足のマニュアルが作られることを書いた。ただマニュアルの問題は分量不足だけでなく、分量が多すぎるということも起こり得る。 これは責任感の欠如とは言いにくいのだが、前任者が業務で経験したことを、枝葉…

仕事を覚えるたび、カーボン紙のごとくマニュアルへ転記していこう

前回、業務マニュアルが軽視される心理として、前任者が後任者へおかしな優越意識を持っているのではないか、ということを述べた。 一度このブログでメモ書きを簡潔に残したことがあるが、今回はそうしたおかしな優越意識をどのように改善していくか、実践的…

内容の薄いマニュアルを残す前任者は、後任者への配慮が欠けている

仕事をされている方は、このタイトルにどのようなことを感じるだろうか。 様々な職種において、異動、転勤というものは存在する。(以下「異動」とまとめる。)そして、この異動のたびに重要となってくるものがマニュアルである。業務の前任者と後任者で、業…

攻撃的な思考停止ワードを安易に使う人は、教育者として残念だ

前回は、「そんなの常識だろ」「甘えるな」を始めとする攻撃的な思考停止ワードなるものを、5つ紹介させて頂いた。今回は、上司と部下、新人の間でこうした言葉が使われる背景について述べていきたい。 攻撃的な思考停止ワードというものは、「それを言っち…

攻撃的な思考停止ワードあれこれ

日野瑛太郎氏の書籍や脱社畜ブログにて、「そんなの常識だろ」「甘えるな」といった言葉への批判が取り上げられていたのだが、この内容にはよく共感できるものがあった。こうした言葉は思考停止ワード、とりわけ攻撃的な思考停止ワードであるとして捉えられ…

手待ち時間の解消に、「交代制の昼休み」が万能薬のように効く

前回は、昼休みに業務をこなそうとする心理について述べた。そしてこの心理が、労働者の労働時間に絡む問題にもつながることになる。 労働時間の算定において、「手待ち時間」という概念がある。これは労働基準法でも定められているもので、休憩時間のようで…

昼休みに平気で仕事の対応を求めるのって、残念なことだと思うのだが

読者の方で仕事をされている方、昼休みの時間はどうなっているだろうか。職種にもよるが、昼休みはいっせいに取るのが普通だろうか。12時から13時といった時間で。 ただいつも思うことがあるのだが、この昼休み時間帯について、きっちりと意識ができてい…

業務の閑散に応じ労働基準法を取り払うと、残業代ゼロ法案が登場する

前回は、業務の繁忙、閑散について、繁忙期に易々と人を増やすことが非正規雇用増加の一因になることを述べた。今回は、業務の繁忙、閑散に対して、労働基準法で週5日、毎日8時間の労働が規定されていることの問題を述べたいと思う。 週5日、毎日8時間と…

業務で生じる繁忙、閑散に対しては、非正規雇用が不可欠なのだろうか

このタイトルも、仕事している方にはピンとくるのではないかと思う。個人的には、労働における深いテーマだと思っている。 日本では4月で年度が切り替わるため、3月から4月にかけては人の採用や会計の決算などの業務が増加する。これが繁忙期である。 し…

自己研鑚の時間がなんで労働時間から外されるのか、全く理解できない

日本の会社においては、一定の行動について、何かにつけて労働時間から除外して給与や残業代を支払わない、という流れを作りたがる。これは異論の余地がないところだろう。 この一定の行動というのが、挙げていけばおそらくキリがない。今回はその中でわかり…

業務上の支障が明確にないなら、有給休暇は無条件で認められるべきだ

おそらくこの話は、大多数の人から賛同を得られる話ではないだろうか。有給休暇は労働者の福祉のため、所定の休日以外にも付与されるものである。そして病気等による休暇とは異なり、労働者の自由意思で取得できるものとなっている。それだけで、有給休暇を…

有給休暇を取りやすくする、組織としての心構え

昨日の内容は、有給休暇の取得という根深い問題だったからか、数多くのはてなブックマークを頂いた。対応圧力のほかに同調圧力の存在など、様々なご意見を頂けたことを感謝申し上げたい。(ご意見に基づいた考察は追って述べたいと思います。) 今回はひとま…

部活動の全員加入について

<a href="http://bylines.news.yahoo.co.jp/ryouchida/20150424-00045095/" data-mce-href="http://bylines.news.yahoo.co.jp/ryouchida/20150424-00045095/">部活動 「自主的」なのに「全員加入」 全国の学校で長年つづく“制度違反”(内田良) - Yaho…

有給休暇が取りづらいのは、日本人の対応圧力の強さが原因じゃないか

日本人の対応圧力の強さ-この言葉からは、どのような内容を想像できるだろうか。日本人の精神に巣食う重大なものとして、対応圧力について今回は述べてみたいと思う。 この対応圧力というのは、「相手の対応を求めて圧力をかけること」をイメージした言葉で…

他人の意思を勝手に推し量る考え方が、社会を残念なものにする

やりがい論と併せて、題目のことにも触れてみたい。 「個人の意思で決めることを他人がとやかく言う」この構図は、やりがい論に限らず他の場面でもしばしば生じているように思える。 この構図がきわめて端的に表れるのは、やはり結婚の話だろう。 結婚はもち…

「やりがい論」の先に、やりがいのない仕事をする人への蔑視がある

しつこいくらい「やりがい」について述べているが、今回も続けて述べさせていただきたい。しかも長文になるがご容赦を。 前回まで、やりがいは他人がとやかく言うものではなくて、日本人はやりがいの概念に囚われすぎている、ということを書いた。 ここで、…

「やりがい」は個人が感じるもので、他人がとやかく言うものではない

前回は、欧米の感覚からやりがいというものについて考えてみた。そして、日本人はやりがいという概念に囚われ過ぎているのかもしれない、という一つの視点を提起できたと思う。 そして今回は、「用法」の切り口でやりがいという言葉を考えてみたい。 世の中…

欧米では「やりがい」という考え方はあまりないんじゃないだろうか

ここまで、やりがい搾取の理屈について書いてきた。 書いてきて思ったのだが、「やりがい」という言葉はなんともつかみどころのないものである。 日本の家庭では、「お父さんの仕事はやりがいがないよ」などと言ったら、子供が泣きそうだ。泣かないにしても…

消費者トラブルにも似たやりがい搾取(後編)

前回は、ルーチンワークに「やりがい」のラベルを貼ることは消費者トラブルにも似た、詐欺まがいの話とも言えることを書いた。 さらに問題になるのが、力関係の差だ。 消費者トラブルでは、近年は消費者の立場が明らかに向上しているように感じる。 昔は、店…

消費者トラブルにも似たやりがい搾取(前編)

前回までの内容で、やりがい搾取についての全体像が整理できたと個人的には思っているのだが、皆様はどうお感じだっただろうか。 今回は再び、「やりがい搾取」の定義における前半部分へ話を戻してみたい。 実際はルーチンワークであるのに、やりがいを吹聴…